🔹 折笠マリコ <Mariko Orikasa>

・シンガー
・ボイストレーナー
・ボーカルトレーナー
・体幹ケアトレーナー
(JCCA認定アドバンストトレーナー)
・マインドアップトレーナー
・トレーナーコンサルタント

【ボイストレーナー略歴】
2010年10月 都内某ボイトレスクール認定講師として始動
2012年4月池袋コミュニティカレッジ講師
2013年3月 独立しボイス・アクション 立上げ
2017年2月ヴォイス道に屋号変更

歌好きの父に4歳から歌を教え込まれて歌を始める。祖父は民謡と三味線の師匠であった。妹と一緒に歌の練習をしていたが、私は小さい頃、恥ずかしがり屋で父の前以外で歌うことはなかった。妹は地元近くのホールにコンサートに来ていた有名歌手のステージへ、何度も手を挙げて上がっているのをドキドキしながら見ていた。

だが、小学校の時、学級会で歌うことになった。ただこの時には歌の練習を日頃していたこともあって、人前で話すよりは歌うことのほうがラクだったのであまり緊張せず歌うことができ、思いの外、拍手喝采だったことを期に歌うことが大好きになった。ちなみに渡辺真知子さんの「かもめが飛んだ日」を歌った。

中学からフォークソングクラブに入ってギターの弾き語りをしていたが、音楽の夏休みの課題でギターを弾いた時に途中で止まってしまい、ギターの上手い男子生徒に笑われて、楽器演奏がキライになり、歌だけ歌っていこうと決めた。高校でバンドのボーカルをはじめて、大学時代には部員100人規模の音楽サークルの活動に没頭し、音楽漬けの日々を過ごした。

大学卒業後、全国的にライブハウス、イベント、舞台などで歌手活動をする。ホテルディナーショー、結婚式、企業パーティー、米軍キャンプ、ディズニーランド、読売ランド、豊島園等のイベント出演、地方TV出演、ラジオ出演などを行う。バンド活動ではソウルバーやオールディーズハウスなどで活動、ソウルナンバー・ダンスナンバーに加えてオールディーズやグループサウンズの曲を歌っていた。またピアノトリオやソロで洋楽スタンダードナンバーを歌い、歌手活動を行なっていた。

しかしプロ音楽活動約10年目にバセドウ病にかかり、甲状腺の病気でホルモンバランスが崩れて、むくみで声がれが起こり音程コントロールが効かなくなって歌うことを断念。病気の影響で外見的な問題(バセドウ病で起こる眼球突出やむくみなど)もあって人前に出ることが苦痛になり、精神的なダメージが大きく療養という名の引きこもりをしていた。

引きこもりをしている時は思考もストップしていたため、ほとんどどこにも行かない日々を送っていた。何も考えないと何にも、問題さえも起こらないと気づいた。3年程経って病状が落ち着いてきた頃、「自ら動かなければ、何も起きない!」と思えるまでになり社会復帰を果たす。この時にコールセンターや大手企業で事務を経験しながら、呼吸法、食事療法、ヒーリングなどいろいろなセミナーを受けて学んだ。

しばらくしてバセドウで起っていた目の症状改善の手術を受けたあと、体調が戻ってきたことを機にまた歌を歌いたいなと思い始めて歌った時、全然歌が歌えなくなっていた。元々ボイトレは受けたことがなく自己流で感覚で歌っていたのでしばらく歌うことをやめてしまった身体は歌い方を忘れてしまっていた。そして様々なボイストレーニング行脚をはじめて、出会った某ボイストレーニングスクールの先生の言葉に救われて、そのボイトレスクールで認定講師となり、ボイトレセミナー、個人レッスン、カルチャーセンター講師などを4年ほど経験。

様々なボイストレーニングを受けた中で、歌唱のためのボーカルトレーニングをしてくれるところは多いが、基本的な発声をちゃんと教えてくれるところはほとんどなかった。黒人の先生にもボーカルレッスンを受けたいたが、「発声は別のところでやってきてください」と言われた。

その経験から主に基本発声について、発声のしくみや身体作り、歌うための身体の使い方などを指導するボイトレスクールとして2013年3月に独立して「ボイス・アクション」立ち上げ。身体作りに特化したサポートを提供する中で、歌える身体作りに有効なセルフでも体幹を整えられる「体幹ケア」の技術を知り、JCCA(コアコンディショニング協会)のアドバンストトレーナー資格を取得。また呼吸専門のトレーナーより呼吸について学び、現在では【ボイトレx呼吸x体幹ケア】で身体作りから歌唱法までをサポートしている。